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疥癬(かいせん)

疥癬(かいせん)は、ヒゼンダニ(疥癬虫)という虫が皮膚に寄生しておこる病気で、かゆみが非常に強いのが特徴です。人から人にうつり、介護を受けている高齢者に多くみられます。ダニにも多くの種類があり、ヒゼンダニは人間の皮膚にだけ生息します。ふとんや床にいるダニとは全く別のものです。成虫でも0.4ミリ程度と小さく、肉眼で見つけることはできません。

高齢者施設などで集団感染が起こることがあり、この病気の方が見つかると関係者は非常に神経を使います。この項は患者さんやご家族だけでなく、介護や医療の関係者にも具体的な対応をご理解いただくため、長文になることをご容赦ください。なお犬などに寄生するヒゼンダニもいますが、人間に寄生するのはヒトヒゼンダニだけです。ここでは、ヒトヒゼンダニについてご説明します。

 

症状

疥癬は「通常疥癬」と「角化型疥癬」の2つに分けられ、同じ虫による病気ですが、症状も対応も全く違います。

通常疥癬(つうじょうかいせん)

通常疥癬の症状は、主に1~3mmくらいの赤いブツブツで、痒みが強く、胸や背中などに多くみられます。このブツブツに虫はいないため、普通の湿疹などと見分けがつきません。時間の経過とともに少しずつ増えていきます。また、男性の陰部などに硬いしこり(痒疹)が出来ることもあります。寄生している虫の数は数十~数百匹の場合が多く、感染力(伝染力)も強くありません。

角化型疥癬(かくかがたかいせん)

角化型疥癬は稀ですが重症なタイプで、皮膚の一番外側にある角質層が非常に厚くなってガサガサします。この状態を「角化(かくか)」といい、垢(あか)がたまっているように見えることもあります。手のひらや足の裏が主ですが、肘や膝、お尻、爪などにもできることがあります。健康な方には殆どなく、寝たきりの高齢者を中心に、免疫抑制療法を受けている方やガンの末期など全身状態が悪い方にみられます。通常疥癬から発症し、半年以上経過して角化型になるとされています。ガサガサと厚くなった皮膚を中心に数百万匹以上のヒゼンダニがいるので他の人に感染しやすいのですが、痒みが軽いために見逃されていることが多く、老人ホームなどでの集団発生の原因となります。ただし角化型疥癬の方から他の人に感染した場合は、通常疥癬として発症します。

 

ヒゼンダニのライフサイクル

診断や治療などの説明の前に、ヒゼンダニの一生をご理解いただきたいと思います。

ヒゼンダニの成熟したメスが患者さんの皮膚から他の人の皮膚に乗り移ると、毎分数cmの速さで皮膚表面をはいまわり、産卵に適した場所を探します。そして手などの皮膚の浅い部分(角質層)に潜り込み、角質層内にトンネル(疥癬トンネル)を掘りながら1日に2~3個の卵を1か月くらい産み続けます。疥癬トンネルの多くは、手のひらや指の間、手首にみられ、数ミリくらいの長さになります。卵は3~4日でふ化して幼虫となり、トンネルから這い出して全身の皮膚の上を動き回ります。気に入った所を見つけると皮膚の下(角質層)に潜り込み、3日くらいの間に脱皮して、また皮膚の上に出るということを繰り返し、10~14日で成虫になります。オスの成虫はメスを探してはいまわり、交尾すると一生を終えるようです。交尾を終えたメスの成虫は、また手などにトンネルを掘って産卵することになります。ヒゼンダニは人間の血を吸うことはなく、潜り込んだトンネルの下にある皮膚の細胞などを食料にしているようです。

 

感染経路

人間の皮膚と皮膚が接触することが、主な感染経路です。後述するヒゼンダニの特徴から、通常疥癬では短時間の接触でうつることは極めてまれです。しかし手を長時間つなぐ、介護のために素手で頻繁に接触する、保育園などでの雑魚寝、添い寝など同じ布団の中で寝たりする行為では、感染することがあります。これに対して角化型疥癬の場合は、はがれた皮膚片の中に多数の虫がおり、それが飛び散ってシーツや他の人に付着するため、直接の接触がなくても感染することがあります。高齢者施設などでは、介護する方の衣服などを介して集団感染を引き起こすこともあります。

 

感染後の経過と診断

ヒゼンダニが感染しても、痒みなどの症状がまったくない期間(潜伏期)が1~2か月続きます。高齢者の場合は、6カ月におよぶこともあるようです。その間に徐々に虫の数が増え、アレルギーの感作が成立すると、痒みのある赤いブツブツができ始め少しずつ増えていきます。この赤い発疹は、幼虫の抜け殻や糞などに対するアレルギー反応であり、湿疹などと区別することはできません。また発疹ができるのには数日かかり、その間に虫はすでに移動しているため、この部分からは虫が検出されません。

疥癬の診断は、まずこの病気を疑うことから始まります。皮膚科医が丁寧に診察すると、何となく怪しいと感じます。手のひらなどをダーモスコープを用いて注意深く観察し、疥癬トンネルがあれば、虫がいそうな場所をハサミなどで採取し、顕微鏡を使って虫や卵などを確認することで診断が確定します。

手のひらの疥癬トンネル

残念ながら一度の診察で疥癬トンネルが見つかるとは限らず、疥癬を疑って診察のたびに手などを観察し、何度目かに初めて診断されることも少なくありません。疥癬トンネル以外の症状からは他の病気と区別することができず、潜伏期や初期にはトンネルも見つからないことが多いため、疥癬は診断が難しい病気です。身動きができない方や全身状態が悪い方などで痒みの訴えが少ない場合、診察を受けずに見過ごされていると、通常疥癬から角化型疥癬に進行して集団発生を招き、対応に大きな労力を要することになります。

 

治療

寄生したヒゼンダニを退治するために使われる薬は、のみ薬のイベルメクチン(ストロメクトール®)と外用薬のフェノトリン(スミスリン®ローション)の2つです。

ストロメクトール®は、大村智先生がノーベル賞を受賞される理由となった薬です。体重により決められた量を空腹時に服用します。ヒゼンダニの卵には効果がないため、1週間ごとに診察して効果を確認のうえ、複数回の服用が必要です。ふ化した卵が成虫になり、また産卵する前に治療するということです。なお最近は、イベルメクチン耐性のヒゼンダニが報告されています。

スミスリン®ローションは、1本30gを首から下の全身に塗り、12時間以上経過した後に洗い流します。これを1週間間隔で2回以上繰り返しますが、指の間や陰部などにもしっかり塗る必要があります。角化型疥癬の場合は、顔や頭皮をふくめて全身にぬっていただきます。角化が皮膚の一部に限局している場合の治療(密封療法)については後述します。なおアタマジラミの治療薬として市販されているスミスリン®Lシャンプータイプなどは、濃度が低く、ヒゼンダニには効果がありません。

お子さんに対しては、体重が15Kg以上なら成人と同じ治療を行います。生後2カ月以上で体重が15Kg未満の場合はスミスリン®ローションを使用するのですが、日本での使用例が少なく安全性が確立していないことをご理解ください。妊婦や授乳中の女性にスミスリン®ローションを使用する際も、同様です。

痒みに対しては、抗ヒスタミン剤の内服や、ステロイド以外のぬり薬が使われます。

 

治療と経過

通常型疥癬では、初回の治療により、卵以外のヒゼンダニは殆ど死滅します。若くて元気な方の場合、ストロメクトール®2回の内服、ないしスミスリン®ローション2回の使用で治ることが多い印象です。しかし高齢者には当てはまらず、3~4カ月後に再燃することも少なくありません。特に初回の治療で多数のヒゼンダニが死んだ場合、その死骸に対するアレルギー反応のため、一時的に痒みが悪化することがあります。

角化型疥癬では、経過を見ながらストロメクトール®やスミスリン®ローションの使用回数を3~4回に増やす、あるいは両方の薬を使うなどの方法がとられます。また後述する密封療法を行って頂く場合があります。

治療によりヒゼンダニがいなくなっても、かゆみやボツボツなどの発疹が数か月以上つづくことがあります。疥癬後遺症と呼ばれる状態ですが、疥癬の再燃と区別がつきにくいので、少なくとも1か月ごとの経過観察が必要となります。

 

治癒判定

高齢者の方が他の施設にうつる場合などに、「疥癬が治癒したという証明書が欲しい」、「疥癬ではないという診断書が欲しい」という希望がだされることがあります。疥癬では症状が無くなっても、メスの成虫が1匹でも残っていると数か月後に再燃しますし、集団生活をしていると他の方からまた感染する場合もあります。疥癬後遺症が続くことも少なくありません。長期にわたって経過をみなければ「証明」は難しく、「現在のところ、疥癬を疑わせる所見は無い」などと記載せざるをえないことになります。しかし社会的な状況から、治癒判定がどうしても必要なこともあります。治療が終わってから、1週間間隔で2回受診して頂き、2回ともヒゼンダニを検出できず、疥癬トンネルの新生がなく、1か月後にも同様な場合には「治癒」と判定することになっています。これはあくまでも便宜上の治癒判定ですので、残念ながら数か月後の再発がないことを保証するものないことをご理解ください。

 

感染予防

 疥癬では、他の方への感染を防ぐ対策が必要です。特に介護度の高い高齢者は、ショートステイを含め老人ホームや病院を転々とするだけでなく、デイケアや訪問入浴なども利用しています。老人ホームでヒゼンダニに感染した方が、肺炎のため入院した病院で感染を広げるなどといったことが起こるため、ある地域の複数の施設で、同時期に患者さんが見つかる傾向があります。全国的にも高齢者施設を中心に、療養型や精神科の病棟、障がい者施設、保育園での集団発生が繰り返されています。疥癬の診断と治療には時間を要するため、その間の二次感染を防がなければ、ピンポン感染を起こすことになります。

 

予備知識

 感染予防策を理解するための予備知識として、前述したライフサイクル以外のヒゼンダニの特徴をご説明しておきます。

  • 高温に弱く、50℃、10分間の過熱で死滅します。
  • 低温にも弱く、16℃以下の温度では身動きできなくなります。そのため、患者さんの皮膚から離れた虫が、床を這って他の人にたどり着く可能性はほとんどありません。ただし長時間ないし頻回に接触したり、同じ温かい布団の中で寝たりすると、感染することがあります。
  • 低湿度にも弱く、室温21℃でも湿度40~80%なら、24~36時間しか生きられません。
  • 水で洗い流すことができます。
  • アルコール消毒では死にませんが、ピレステロイド系の殺虫剤(アースレッド®、バルサン®など)は有効とされています。殺虫剤として用いられるのは、エアロゾールとくん煙・くん蒸剤です。前者は衣類や床などにスプレーするため、簡便です。後者は閉め切った部屋全体に作用するため効果は高いのですが、引き出しなどを開けておかなければならず、使用後に1時間程度の換気が必要です。
  • 人の皮膚の上を動く速度は、1分間に5cm以下です。また気に入った場所があると、皮膚の下(角質層内)に潜り込みますが、それには30分以上かかります。
  • 卵からふ化し、幼虫から成虫になる確率は、10%以下です。他の人に感染するためには、交尾を終えたメス成虫か、幼虫や若虫ならオスとメスが数匹以上は必要になります。

 

予防対策

予防対策は、通常疥癬と角化型疥癬で全く違います。

通常疥癬

 通常疥癬の場合、ヒゼンダニの数が少ないため感染力は強くなく、原則的に隔離の必要はありません。ただし患者さんが認知症のために徘徊し、他の方の衣服や寝具を使ったりする場合は例外です。 

 最も重要なのは、介護者などの手洗いです。患者さんの処置をしたあとは、必ず手を洗ってください。治療を開始した翌日、患者さんに入浴していただき、衣類や寝具を取り換えますが、その後は普段通りの対応を続けて結構です。洗濯や掃除も、通常どおりで結構です。入浴を介助する際などは、手袋や予防衣を着用してください。また患者さんが洋式トイレを使用した後は、便座を拭き取ってください。特に保育園や幼稚園に通っているお子さんの場合、お昼寝など身体的接触の機会が多いため、疥癬トンネルが見つからなくなり治療が終了するまで、登園は控えて頂きます。

特に高齢者施設では、通常疥癬でも過剰な対応をし、隔離により患者さんの認知症が進んだり日常生活動作(ADL)が低下したりするほか、職員の皆さんが疲弊してしまうなどの問題が生じることがあるので、ご注意ください。

 

角化型疥癬

角化型疥癬の場合、むけた皮膚にはヒゼンダニが多数いるため感染力が強く、介護する人や他の入居者などの感染を防ぐために、注意が必要となります。特に高齢者施設や病院などの場合、治療と感染予防対策に関する責任者をフロアごとに決めておくと、対策の実施がスムースになります。

集団感染が起こった場合、角化型疥癬の患者さんを特定することが最重要となります。痒みの訴えがなく、全身状態が悪くて身動きできない、麻痺や拘縮のために皮膚の観察が難しい部分がある方の中に、角化型疥癬の方が隠れていることを忘れないで下さい。集団感染が確認された時点で、角化型疥癬の方が既に亡くなっている場合も少なくありません。

見取り図を作る

集団感染の起こっているフロアに入居中の方を、次の4つに分けて対処します。

A:「角化型疥癬」

B:検査で診断が確定した「通常疥癬」

C:疥癬を疑う症状はあるがヒゼンダニが検出されていない「通常疥癬疑い」

D:疥癬の症状が無い「無症状」

1つのフロアに並んでいる部屋、および各部屋にあるベッドの見取り図を作り、各ベッドにA~Dと書いておくと、どこに患者さんが発生しているかをスタッフ全員で把握しやすくなります。Cの方に関しては、定期的な診察を受けて、疥癬が発症していないことを確認してください。ただし角化型疥癬の方が近くにいた、同じ部屋に通常疥癬の方がいるなど感染の疑いが強い場合には、通常疥癬と同じ対応をして頂くことがあります。Dの方に関しては通常の対応をし、かゆみのある発疹が出ていないかどうか、定期的に確認してください。見取り図の各ベッドに、「〇月×日にストロメクトール®を1回内服」、「経過観察中」、「△月▽日に皮膚科受診予定」などと記載しておくと便利です。

居室など

角化型疥癬の患者さんは、治療が終了するまで隔離が必要になります。期間は、2週間が目安と考えて下さい。

個室管理とし、介護する方などは入室前に使い捨てのガウン、手袋、帽子、マスクなどを着用します。退室の際は、それらをドアの前で脱ぎ、部屋の中においたポリ袋に捨てて下さい。手袋は最後にはずし、手を洗って下さい。靴などは部屋専用のものを使用します。ガウンなどを捨てたポリ袋がいっぱいになったら、ピレステロイド系の殺虫剤を噴霧し、1日以上密閉してから捨てれば万全です。

隔離される前に居た部屋は、くん煙剤を使用するか、壁、床、家具、カーテンなどに殺虫剤を噴霧して1時間以上してから、掃除機で清掃してください。その際の清掃道具は、隔離する部屋に運び、ほかの部屋での使用は暫く避けてください。

入浴

入浴は、できれば毎日行って下さい。老人施設などの場合は順番を最後にします。入浴終了後の浴室には殺虫剤を噴霧し、窓を開けておくなどの操作により低温・乾燥の時間を作ってください。介助者は使い捨ての手袋や予防衣などを着用します。手のひらや足の裏などの厚くなった皮膚にはヒゼンダニが数多くいるので、お湯でふやかしてからブラシなどで少しずつこすり取ります。洗面器などを使ってお湯の中でこすると、皮膚片が飛び散るのを防げます。入浴後には、かゆみを抑えるために処方された外用剤をぬってください。

密封療法

角化が皮膚の一部だけの場合、スミスリン®ローションを厚くぬってからサリチル酸含有ワセリンを塗り、市販のラップで翌日まで覆って(密封療法)から、翌日の入浴の際にブラシでこすり取って頂くことがあります。スミスリン®ローションを使わない日には、サリチル酸含有ワセリンを塗って密封療法を行い、翌日の入浴時などにブラシを使って洗い流すことで、厚くなった角質層を取り除きます。

また爪の中にヒゼンダニがいる場合、ストロメクトール®は効果がありません。スミスリン®ローションとサリチル酸含有ワセリンなどを同時にぬって密封療法を行い、翌日の入浴の際に洗い流します。スミスリン®ローションを使わない日にも、サリチル酸含有ワセリンでの密封療法を行ったあとに洗い流すほか、週に1回くらい爪をつんでいきます。

洗濯

むけた皮膚にはヒゼンダニが多数いるため、衣類やシーツなどは毎日交換します。寝具(リネン)交換の際は、患者さんからむけた皮膚片が飛び散らないように粘着テープなどで除去してください。洗濯の際は、洗濯後に乾燥機を使用します。熱処理(乾燥機の使用、ないし50度以上のお湯に10分以上ひたす)するか、ビニール袋に入れて殺虫剤を噴霧し1時間以上密閉してから洗濯を行っても結構です。

職員の方

集団感染が発生したフロアに勤務している職員の方に関して、ご自身の対応を説明します。通常疥癬の感染力は比較的弱く、角化型疥癬は強いということをご理解のうえ、症状があれば早めに受診して下さい。スタッフの方は高齢でないことが多いので、角質型疥癬はほとんどなく、通常疥癬の治りも良い傾向にあります。疥癬を発症した場合でも、治療後に許可を受ければ勤務は可能です。

ご家族などへの二次感染を防ぐ対応としては、初回治療の翌日に居室の清掃と、シーツや枕カバー、パジャマなどの洗濯を行って下さい。清掃は通常の掃除機で行えば十分ですが、ご心配ならピレステロイド系の殺虫剤を噴霧して1時間後に清掃してください。洗濯する際も、ビニール袋に入れて殺虫剤を噴霧し1時間以上密閉してから行うと、よりご安心でしょう。入浴は毎日して頂きますが、シャワーで洗い流すだけでも結構です。外用剤を塗る際には、手袋を使用して下さい。

 

最後に、お役に立ちそうなWebサイトを紹介しておきます。

疥癬(かいせん) 東京都福祉保健局 (tokyo.lg.jp)

疥癬(maruho)

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